【意味と内容】練習での氣憶#353~学ぶ事の意味と内容を履き違える・履き違えさせる事をは危険である~

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昨日は、支部練習。移動に時間の掛かる支部なので情報収集と学びの時間。やはりそう言った時間は有意義ですね。勿論、様々なエンターテインメントがあるのも事実。しかし、移動の時間を何に使うのか?物凄く大事です。時間=命ですからね。

さて、練習は基本・型を行いその後はミット。そして審査に向けた練習となりました。

ミットでは、試合に直結する様な内容。試合も近い事からでしょうがこう言った練習の内容をどう思うのかですね。これは良きと思うのか?いつもと大して変わらないな~と思うのか?又は、組手の方がやりたいからミットは適当でいいか~みたいになっていると折角の練習も無駄になってしまいます。

これは、基本や型の練習でも同じ事です。基本や型の練習は土台となる部分です。なので、この部分を適当に熟してしまえばその結果になります。基本で何故引き手を取るのか?何故前屈立ちでの突きは腰を切ってあの形になるのか?などなど必ずそのカタチには意味があります。

型でも同じ様に意味が存在します。いきなりそれを全て分かる必要もないし、そう簡単に理解できるものでもないです。コツコツと稽古を重ねるから出来る事や氣付くことなどが出来ていき初めて理解する。そんな時の方が多い。ちょっと習った・知ったからと言うってそれが出来る訳でもないし世界でもない。そう言うものです。

基本にも意味があるし、型にも意味がある。当然ミットで練習すrことにも意味があるし、組手で行う練習にも意味がある。

そして先生の言う事にも意味があるし、先輩の言う事にも意味がある。

この世の中意味のない事など何一つ存在しない。

しかし、練習する側がその意味をどう理解するのかが大事な所。話を聞いていても、どう感じるかも全て本人次第だけれど、意味のない事はない。吸収する事が先決で吸収して使うかどうかは別問題。

意味があるか無いか?を判断するのは、やって実際に動いてる人だけの特権である。周りがとやかく言う事でもない。判断する事でもない。

間違ってはならないのは、本人以外が判断したり、そう仕向けてはならないという事。しかし大半はやってしまっているのが事実。学ぶという事の障害になるのです。

それではまた~

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愛知県 春日井市出身・在住 幼少より剛柔流空手を修行し、高校時代よりボクシング・キックボクシング・柔道・柔術など他の武道・格闘技を修練。 現在、空手道剛柔流朋武館を設立。合わせて武道・格闘技道場BreakThroughを主宰し後進の指導にあたる。 師より学んだ剛柔流空手を中心に向こう300年残して行くにはどの様にしたら良いのか研究し実践する『武道LABO』をスタート。 一般的に「武道っていいよね!」と言われる様にと入り組んでおります。

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