【願いと祈り】練習での氣憶#290~初詣の神社でする事をそもそも間違っている~

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昨日も練習の無い日。平日(土曜日)なのでいつも通りのルーティンをこなし朝活のRUNと型稽古。朝はかなり冷え込んでいましたが、走れば体も温まりますし汗もかきます。毎日このRUNと型稽古でひと汗かいてその後のシャワーが氣持ち良いのです。シャワー浴びる事で頭が更にシャキッとします。朝運動して汗をかきシャワーを浴びる・・そして仕事をする。これ良きながら流れだとは思います。海外に行った際にこれをやっている人が多くいるのが事実です。
少し早く起きて朝のルーティンとしてやってみてはいかがでしょうか?

さて正月三が日の最終日でしたが、参拝は済ませてきましたか?せめて日本人なら年の初めの初詣くらいは行って欲しい所です。本来なら毎月とか毎週とか行って欲しいですが・・・

本日はこの参拝について少しお話。日本には古くから神道と言うものがあり神社が数多くあります。そしてその後に仏教伝来し、神仏習合したり神仏分離したりと様々な事が起こりました。現在は、同じ國の中に神道と仏教の他にも様々な宗教があります。これも八百万の神と言うそもそもの考え方があるからでしょう。そう考えると元々争いの無い國の日本に元々あった神道が如何に受けれる事が出来る素晴らしきものだったのか理解出来ると思います。

そんな神社ですが、皆様は何をしますか?

何言ってんだ?となりますよね(笑)では、神社の本殿で手を合わせ「願い」ますか?「祈り」ますか?本来、神社と言う所では本殿に御神体が祭ってありその前で手を合わせるのですが、その際にどちらをおこなっていますか?

神社では「祈るの」が正しきで「願う」のではありません。何故願うのではなく祈るのか?と言う話はまた次の機会にという事で、今回は「祈りと願い」の違いについて書いておきます。

そもそも「願い」とは、労う(ねぎらう)と言うのが語源であり、相手の心を慰め和らげるという意味の「ねぐ」が語源です。つまり「願う」とは、神様に都合の良い事をいったり、金(賽銭)を渡したりしていい気分にさせ、努力もせずに希望を実現させようという虫のいい行為である。言い換えれば「他責」である。

そして「祈る」とは、、「意(い)」と「宣(の)る」であり、自分の意志や意図を宣言する。「意のままになる」という事です。これは言い換えたら「自責」になります。先日書いた前祝の「一年の計は元旦にあり」も同じで自分の意志を先に出すという事です。

なので、神社では自分の”意”志を後神体の前で”宣”言するのです。「今年はこうなります!」と言い、最後までやり抜けるように見守ってほしいと伝えることなのです。間違っても「○○して下さい!お願いします!」ではないという事です。

よく「願えば叶う!」なんて言いますが、そうではなく「祈れば実現する」という事だと思います。量子力学的に言ってもそれが現実なのです。

なので、年の初めの初詣(まだ大丈夫!)は「願う」のではなく「祈る」にしましょう!そうすれば実現する確率は上がって行きます。

こう言った日本語を正しく理解し、使う事が今の日本人には必要な事だと思います。先ずは理解からという事です。

それではまた~

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愛知県 春日井市出身・在住 幼少より剛柔流空手を修行し、高校時代よりボクシング・キックボクシング・柔道・柔術など他の武道・格闘技を修練。 現在、空手道剛柔流朋武館を設立。合わせて武道・格闘技道場BreakThroughを主宰し後進の指導にあたる。 師より学んだ剛柔流空手を中心に向こう300年残して行くにはどの様にしたら良いのか研究し実践する『武道LABO』をスタート。 一般的に「武道っていいよね!」と言われる様にと入り組んでおります。

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